多世界か単一世界か:決着の舞台裏

量子力学の奇妙さを物語る有名な例に「二重スリット実験」があります。
これは1粒の電子や光子を2つのスリットに向けて放つと、粒子1個にもかかわらずあたかも同時に両方のスリットを通過したかのように干渉縞と呼ばれる明暗のパターンがスクリーン上に現れる現象です。
発射される粒子は1個だけ、検出されるときも1個だけなのに、途中では「自分自身と干渉する」ように振る舞う──すなわち一つの粒子が複数の場所に存在する状態になっていると考えられます。
量子力学ではこれを「重ね合わせ(スーパーポジション)」と呼び、粒子が取りうる複数の状態が同時に存在している状態だと説明します。
しかし、どのスリットを通ったかを観測すると状況は一変します。
観測した瞬間に干渉縞は消え、粒子は必ずどちらか一方のスリットを通ったことになってしまいます。
この「観測すると振る舞いが変わる」という謎をめぐり、量子力学では長年さまざまな解釈が議論されてきました。
伝統的なコペンハーゲン解釈では「粒子が観測されるまではどの経路を通ったかは意味をなさない」とし、観測によって粒子の状態がひとつに確定する(波動関数の収縮)と考えます。
一方で多世界解釈(MWI)と呼ばれる仮説では「量子の重ね合わせに含まれるあらゆる可能性が現実に実現しており、観測のたびに宇宙がその結果ごとに分岐する」と想定します。
言い換えれば、観測によって波動関数の収縮は起こらず、生じうる全ての結果を包含する無数の並行世界が存在するという大胆な世界観です。
例えばシュレディンガーの猫の思考実験では、生きた猫と死んだ猫がそれぞれ別の世界に実在するとし、干渉実験では光子が両方のスリットを通る可能性も、それぞれの経路を通る可能性も全て起こっている(ただし我々の世界ではその中の1つだけが現れる)と説明します。
これらの解釈はいずれも魅力的ですが、長らく実験的に区別する方法はありませんでした。
なぜなら、どの解釈を採用しても観測される現象自体は同じであり、その背後に何が起こっているかは直接検証できないと考えられてきたからです。
例えば多世界解釈を信じる研究者もコペンハーゲン解釈を信じる研究者も、二重スリット実験で干渉縞が出現する事実自体は等しく認めます。
違うのは、その裏側で粒子に何が起きているかに対する解釈だけでした。
そこで近年、一部の研究者たちは「観測しても量子干渉を壊さない絶妙な測定方法」がないか模索してきました。
ごく微弱な相互作用を利用して粒子の情報をそっと盗み見る「弱測定」と呼ばれるアプローチです。
今回紹介する研究もまさにその一つで、光子が二重スリットを通過するときに起きるごくわずかな変化を捉えることで、各光子がどのように振る舞ったかを探ろうとする試みでした。
具体的には、スリットごとに光子の偏光(波の振動方向)をわずかに回転させる細工を施し、その影響を統計的に測定するという工夫です。
こうすることで、一見すると平均効果が打ち消し合って観測不能な微かな手がかりを蓄積し、干渉パターンを壊さずに光子の経路情報を引き出すことを目指しました。